Memory

春休みが終わり、一年生の最後の学期が始まった。未だに時差ボケがひどくて、とんでもなく早い時間に目が覚める。早すぎて夜だったりする。

 

奈良美智さんがロンドンに滞在していると知って、ちょうど持っていた彼の著書「ナラ・ライフ」を読み返した。彼の書く文章は詩的で彼の作品と通ずる優しいぬくもりと風が通るような素朴さがあって好きだ。本書で彼が小学生の頃の図工で彫刻刀を使ったときの感触について書いていて、ふと自分の彫刻刀の記憶を思い出した。

 

中学生の自分が初めて彫刻刀で木を削った時のこと。先生が彫刻刀で指を切らないように気をつけろと念入りに注意していた。自分は彫刻刀の歯が怖くて恐る恐る制作をしたのにもかかわらず、削る勢いで誤って自分の指を刺してしまい血がだらだらと垂れた。その場面をよく覚えている。でもそれが実際にあった出来事なのか、そうならないようにと怯えながら頭の中で描いた妄想なのか、あまり覚えていない。映像だけは鮮明に残っていて、現実なのか妄想なのか区別がつかない。

 

過去にあった実際の出来事は色あせながら不明瞭な記憶として存在していて、子供の頃に見た夢や妄想は曖昧ながらも鮮明な色使いで映像として頭の中に色素沈着する。時が経てば経つほど朧げなインフォメーションとして双方がだんだんと似通っていく。こういうことが結構あるから、記憶として残している情報に少し疑心暗鬼になる。でも空想と現実の境目が薄れていくのなら、これから妄想することが現実のように残っていくのかもしれない。そう思うと、少しだけワクワクする。