過去のフロイトと未来のアドラー

 

この間、中学生の頃からお世話になっている塾の先生と連絡を取り、

 

自分の「本質的な性質」についての話をしました。

 

 

小さな頃に行動していたことは、本能的な何かに動かされてたものだと思います。

 

それは生まれ持った性質で、自分自身のキャラクターです。

 

その性質には良い部分も悪い部分もあり、

 

どのような側面も私の中に、どこか残っています。

 

 

例えば、小学1年生でガールスカウトに入り、「世界平和」のような規模の大きなことについて話す機会が沢山ありました。そのような類の話が大好きで、今でもそのような空想をしています。

 

歌を歌うことが大好きで合唱部に入ったり、絵を描くことが大好きでアトリエ教室に通ったり、

小さな頃の興味は、今も大好きのままです。

 

逆に苦手な水泳は、お教室に通っても苦手のまま、今もそこまで好んでプールには行きません。

 

小学生の頃に仲良かった友達と大人になって話してみると、

結局仲良い人達ほど、共通点が多かったり、考え方や趣味嗜好が似ていることに気付かされます。

 

このように過去を振り返ると、今の自分の性質というのは子供の時にすでに出来上がっていて、直感的に行動を起こしていたのかもしれないな、と感じました。

 

 

それを先生との会話で、「私の考え方はフロイト的である。」ということを伝えた瞬間に、

 

「もしかすると『未来』を肯定するための証拠として、『過去』の事実を持ち出しているのではないか」と気が付きました。

 

そうなると、自分はむしろ「未来志向のアドラー的」なのかもしれないのです。

 

 

 

先生には、「過去を振り返るユング・フロイト派と、未来を目指すアドラーの合わせ技かもしれん。」なんて言われました。笑

 

 

自分の中にアドラー的な思考が少しでもあったとは、意外な発見です。